★ 2/7-13 ヴィパサナ 7days ★

25世紀前のゴータマ・ブッダ直伝のヴィパサナと
20世紀OSHOが編み出したアクティブ(活動的)瞑想を
組合せた現代人向けの7日間のヴィパサナ・コースです。
組み合わせることで、より早くより深く入っていきます。

会場は深閑たる森の中、渓谷沿い最奥の一軒家です。
一年の厳寒期、最も静寂な季節です。
冷え込んだ大地に、生き物たちはひっそり息ひそめています。
日ましに陽射しが強くなり、目覚めを促しています。
自然に抱かれ、サイレンスに入ります。
瞑想に深く入る最適な時期です。

他者にコンタクトしない、
他者からのコンタクトも受けません。
ほかの誰をも気にせず、
ただひたすら自分自身に
自分自身に起こることに向き合います。
自分とは何者なのか、気付き、目覚めます。

■  開催日時 2月7日 (日) 午後3時  – 13日 (土)  午後2時
 ※途中参加できません
■ 会場 石裂山瞑想の家
   〒322-0254 栃木県鹿沼市上久我1842

■日程等
2月7日(日) 15時集合 
※バス利用の方は14:45石裂山着でお越しください。送迎します。
  
15:30 ~ ミーティング   
   ※遅くともミーティングの始まりの時間にはお越しください。
      以後の途中参加はできません
   ミーティングののち支障ない状態でサイレンスに入ります。

・会話・アイコンタクト・スマホ使用・読書・日記筆記はできません。
・OSHO講話(日本語付き)を所定の時間に聴きます。
・食事は、菜食の軽めの献立でです。1日2食です。

【通常の日程】
7:00~ チャクラダンス(ホール) ※ダイナミック瞑想はしません
8:30~ 瞑想 (ホール) ~10:00
11:30~ 食事
13:00~ 瞑想(ホール、冒頭にOSHO講話15分程度)~15:00
16:00~ クンダリーニ瞑想(ホール)~17:00
18:30~ 食事
20:00~ OSHO講話(ホールで 1-1.5時間程度視聴、終了後瞑想)~22:15

空いている時間は、自分で選んだ場所[自室orベランダor庭(敷地内)or直近の河原orホール]で瞑想します。
また入浴、洗濯、清掃は、この空いている時間にします。

  ※サイレンスは12日か13日午前中に解除となります

13日(水) 最終日  
7:00~ チャクラダンス
8:30~ 瞑想   ~10:00

  食事・清掃

14時終了

※バス利用の方は 14:55発 のバスで送ります。
※後泊希望あればお受けします。
 

☆ファシリテーター:Sw. Santosh Atul (鈴木廣志)
 OSHO International 公認ファシリテーター

■参加費 42,000円

■定員  7名

       ******

予約申し込み先 はこちらです。

・必要事項を書込み送信ください。
 利用目的に「ヴィパサナ7days参加」と書き込んでください。
・参加費の振込先を返信メールでお知らせします。
 振り込みが完了したことで、お申し込みの完了となります。

(振込みが難しい方はその旨をメールでご相談ください)


【キャンセルポリシー】
☆天災などで実施できない場合は全額返却します。
キャンセルは早めに連絡ください。
4~5日前は20%、2~3日前50%、前日80%、当日は100% キャンセルチャージとなります。


~瞑想の家ご来訪予定の皆様へ~

▲ ・発熱(37.5度以上)
  ・咳が止まらないなど呼吸器系に異常を感じる方
  ・味覚・嗅覚に障害を感じる方
   いずれかの症状のある方    
   ご来訪をお控えください ▲

  
※コロナ感染リスク低減のための対応
 https://ozakusan.com/
https://ameblo.jp/ozakusan/entry-12633016795.html
参照ください。
よろしくお願い申し上げます。

体調に不安がある方は、早めにご相談ください。

   マンサクの花   2020年2月撮影

■申し込みの前にご覧ください
★ OSHO講話によるヴィパサナ・ガイド
(Ⅰ)ヴィパサナを始める方が、早めに読んだほうがいい4編

■アクセス
☆電車・バスご利用の方は、最寄りの終点バス停(石裂山あるいは上久我馬返)で送迎します。
☆乗用車でお越しになる方
スタッドレスタイヤを装着、またはチェーンを準備してお出かけください。
山間地で陽が射さないこともあり、雪が融けづらい、凍結しやすいので、充分注意してださい。
※鹿沼市街地から山中の瞑想の家までの途中で、危険がある場合は、
その地点から送迎します。連絡ください。
瞑想の家最寄り数キロ(携帯各社により若干違いがあり)は、携帯電話圏外になります。
その前に連絡ください。
詳しくは、こちらをクリックください

■生活上のお願い
・フトン敷き・片付け・清掃などセルフサービスとなります。
・入浴・シャワー24時間随時できます。
・トイレ4室(全ウオシュレット)
・全自動洗濯機・乾燥機がご利用になれます。(洗剤付)
・石鹸・シャンプー・リンス・ドライヤー・バスタオル
ハンドタオル・ヨガマット・瞑想用のクッションは
 備え付けのものが使用できます。
・携帯電話は圏外で使えません。
固定電話を利用料実費でお貸しします。
wifi あり。 使用できます。(※サイレンス中は使用できません)
・瞑想には、体を締め付けないゆるめで
動きやすい服装がよいです。
ローブの着用は自由です。
 レンタル用ローブ数着用意しています。
 ご希望あればお貸しします。(100円/日)
・山間地の朝夕は平野部より冷えます。
 通常より温かい服装が必要です。

近くの河原 (徒歩2分)

Osho said

この期間、誰ともあまり話さないことを心にとめておきなさい。
これは途方もなく助けになる・・・
このことは二通りにあなたを助ける。
ひとつの恩恵は、話すことで失われるエネルギーをすべて保存できることだ。
すると、そのエネルギーを瞑想に用いることができる。
第二の恩恵は、それがあなたを他人から引き離し、
そのときあなたは単独のうちにあるということだ。
私たちはこの山間の地にやって来た。
・・・・人々が互いに話し、互いにお喋りするつもりだとしたら無益なことだ。
だとしたら、あなたはこれまでと同じように依然として群衆の中にいて、
沈黙(サイレンス)を体験できないだろう。
沈黙を体験するには、ただ山中にいるだけでは不充分だ。
自分を他者から切り離し、独りになる必要がある。
本当に必要なときだけしか、人と接触しないようにしなさい。
自分はこの山中にたった一人で、周りには誰もいないと想像してごらん。
あなたは独りでいて、独りで動き回ることになるだろう。
木の下に独りで座りなさい。
・・・・
生の真理は、群衆の中で過ごしていてはわからない。
群衆の中で、意義ある体験が起こったためしはない。
沈黙を味わった者はみな、
完全な孤独の中で、独りであることの中で味わったのだ。
他人と話すのをやめ、内側のお喋りもやむとき、
自然は神秘的なやり方であなたとコミュニケーションを始める。
自然は常にあなたとコミュニケーションをとっている。
でも、あなたはあまりにもお喋りに夢中なので、
…彼女のやさしげな声を聞かない。
内側に語りかけてくる声を聞くには、自らを静かにさせなくてはならない。
…あなたは、自分が自然の一部であることをすっかり忘れてしまった。
あなたは自然の近くにいることが、究極なるものの体験を容易にしてくれることも知らない
――― それは、ほかのどこよりも容易なのだ。
だから、この素晴らしき7日間を存分に利用しなさい。

◇ 瞑想に深く入るとどうなるのか ◇

内側でエネルギーが湧き上がると、身体はそれを担いきれない。
身体はそれに耐えるようにはできていない。
身体の許容量はとても小さく、そのエネルギーは巨大だ
・・・・それはあたかも、人が天空のすべてを庭に囲い込もうとするようなものだ。
だから、そのエネルギーが目覚めるとき、数々の障害が持ち上がるだろう。
そしてしばしば起こることだが、光明の後でさえ、身体に障害が続くことがある。
光明の前であれば、それはごく自然なことだ。
身体に備えがないのだから、
それはちょうど百ワットの電流しか通せない許容量の電線に、
千ワットの電流を通すようなものだ。
それは過剰な負荷となり、燃えだしてしまう!
それとまったく同様に、内側でぐっすり眠っていたエネルギーを起こすとき
―――それが現れ出るとき、あなたの身体には備えがない。
私たちの身体は、乞食としてのあなたの実存(ビーイング)を受け入れる用意はあっても
帝王としてのあなたの実存は受け容れられない。
身体には限界があるが、あなたには限界がないのだ。
それはガタガタと揺れ、嵐が起こるだろう。
光明が起こる前、サマーディーの前であれば、こうした衝撃はごく自然なことだ。
そしてときには、サマーディーが起こってもその衝撃が続き、嵐が続くことがある。
それは、身体に備えができていなかったためだ。
・・・・
起こっていることを恐れないように、
これらはサマーディーの最初の兆候、サマーディーの第一段階だ。
それらをよい兆しとして受け取りなさい。
喜んで受け取りなさい。
それを祝福として受け容れる用意があれば、
すぐにもそれらはゆっくりと静まり始めるだろう。
そして身体が受け容れ、協力し始めれば、
すぐに身体の備えと許容量は増す。
・・・・
その苦闘がどれだけ続くのかを言うのは、じつに困難だ。
どんな予測も立てられない。
だがこの戦いは吉兆だ。
・・・・
このエネルギーに協力しなさい。
内側で自由を求めているライオンに――それはあなただ。
この頭に向かって上昇しようするエネルギー、
性中枢(セックスセンター)から王冠のチャクラへ向かおうとし、
道をつくろうとするこのエネルギー・・・・それがあなただ。
多くの生にわたってそれは抑えられ、とぐろを巻いていた。
そして今
それは頭をもたげ始めている。
あなたは幸運だ。
幸せだ。
これとともに、あなたは最後の祝福へと近づいていく。
あなたの真の変容が起こるだろう

        Osho

ろうばい(蝋梅) 2020年2月撮影

ヴィパサナ体験記 (2020年2月ヴィパサナ7dayas) ◇

瞑想者の内側で何が起きているか、うかがい知れません。
サイレンスに入ればなおさらです。
私自身はファシリテーターとしていますが
サイレンスが維持できなくなるような何か異常事態がおこらなければ、
私の仕事は、時間管理くらいしかありません。
そこでともに瞑想しています。
私自身、瞑想中に何が起きているのか、
言葉でうまく伝えられるかどうか、やってみます。
2日目、サイレンスに入り、徐々に深く入っていくと同時に、
歯痛を感じ、それが4日目あたりに、最高潮に達していました。
上顎が腫れあがって歯がぐらぐら、抜け落ちるのではないか、
1本抜けると積み木細工が崩れるように何本も抜け落ちるのではないか、
まるで北大路欣也のテレビ・コマーシャルを連想させ、身に迫る現実に恐怖しました。
私も70歳を過ぎ、肉体は衰えるのはやむを得ないという思いと、
これは実は悪いことではないという私なりの経験知もありました。
あがかず成り行きに任せるしかない。
ふだんの社会生活をしていれば、痛みを緩和すべく瞑想をここでやめていたに違いありません。
ヴィパサナコース中であれば、向き合うことになります。
5日目から徐々に様子が変わっていきました。
身体の内側の足、胴体、首筋に強いエネルギーが上昇し、
眉間の奥に、矢が突き刺さるように、集まってきます。
眉間の皮膚が破れれば突き出るような感じになりました。
6日目になって、歯痛、上あごの腫れが嘘のように消えています。
その日の夜は、眉間に引き攣り、緊張、少しの痛みを感じ、ほとんど眠れずに過ごしました。
上あごと眉間は近い。
上あごや歯の無意識のブロックがエネルギーを留めて痛みや腫れをおこしていたものが、
ついにブロックを解消し、眉間に突き抜けたような感じでした。
7日目の早朝、瞑想中に、山の稜線から昇る太陽の最初の一閃を浴びたとき、
私の中の暗闇が消えたと感じました。
眉間に集結していたエネルギーが、あるものは頭頂へ、
全身の各部分に、調和して流れていっているようです。
いまは心地よく至福に包まれている気分です。
あれほど痛んでいた歯や顎全体が頑健に生まれ変わったように感じます。
瞑想 Meditation の語源は Medicine 薬 といいます。
瞑想とは自らに処方する副作用のない万能薬です。
これからもたぶん傷つけたり傷ついたりするであろう。
無明の徒である私が、無明の徒とであるうちは、
受けた傷は、内に無意識のブロックをつくり、病いの温床となります。
瞑想とは自らに処方する副作用のない万能薬です。
気付きや癒し、自然治癒力をもたらします。
それにとどまらず、次なる変容が起こるといいます。
~究極の体験、光明、解脱、悟り、無意識からの脱却、潜在可能性の開花、自己実現、目覚め…~
 真の変容を、今生で果たしたい!
これが空しき願いではないことを示したい。
私だけではない多くのチャレンジャーに、
この機会を利用いただければ、望外の歓びです。

  Sw.Santosh Atul(鈴木廣志)

  サザンカ 2020年2月撮影

【これまでのヴィパサナコース参加者の声】(許諾を得られたものを掲載します)

☆ Jさん
OSHOの講話で、自分の身体が英知である、とありました。
言葉が定かではないので、自己流の解釈です。
私は、右手に左手にそしてこの肉体に深い感謝をすることが出来ました。
思考が肉体を動かしているというのは、容易な考えで
実は肉体には英知があり、それは地球の生物と通じる真っすぐで純粋な生命であると感じました。
春になれば花が咲き、やがて落葉が舞い落ちる。そんなあたりまえだけど〝時〟と共に生きている。
生命の真髄が私の肉体にも通じている、と感じると、窓から見える赤のカエデやナンテンの葉、緑の杉、
うぶ毛ほどのコケたち、全てがとてもいとおしく感じて、今朝(最終日の朝)すがすがしい気持ちで瞑想できました。

☆ Iさん
去年のGWに続き、
2回目のヴィパサナコースに参加しました。
前回の時よりも瞑想に入りやすく、スムーズには入れたものの、
困難さがあまりなく、スッ~と4日間が終わった印象でした。
でもその4日間の間、普段の仕事のこと、プライベートな悩みなど
頭の中のおしゃべりが止まらず、サイレンスなのにずっと誰かと
話している気持でした。
でも呼吸とともに自分を見守ることで
時々そんな頭のおしゃべりから離れて、”存在と共にいたい”
”存在とともに溶けよう”と思える瞬間が、何回かあり、
頭の思考を離れて、別の感覚に入れそうな時が気持ちよかったです。
月1回でも週末だけでも、自分を振り返り、人と離れる時間を
持ちたいと改めて思いました。
最後、みんなで、ご飯を作って楽しかったです。

☆ Hさん
とても楽しい5日間でした。
座ることは体にとってもしんどくて、忘れていた頃の記憶、
未完了の感情が浮かび上がって来、ひとつひとつ観ることで
手離すことができました。
またずっと自分は未熟で忙しい両親に育てられ、
長女として割を食ったと思い込んでいましたが、
その中でも両親は一生懸命に時間や労力をやりくりして
たのしませてくれたんだと気づきました。
また自分はどこに行ってもマイノリティーであることに
控け目というか申し訳なさのようなものを抱いていたのですが、
それも、私が私として、自己を探求するきっかけや礎のようなものとなり、
今があるのだという深い理解が訪れました。
長く静かに座ることがなければ、ここをあらためて観ることは
なかなかないので、貴重な経験となりました。
この場と機会をありがとうございました。

☆Gさん
大自然の中で行う瞑想は、とてもぜいたくな体験でした。
日常でも瞑想は行っているのですが、
今回、お腹の膨らみと縮みによる呼吸の観察から、
思考したら、すぐに戻す、
というルーティンの確立もできました。
帰宅してからも、日々を瞑想とし、
頑張っていけたらと思います。

☆Fさん
5日間のヴィパサナ、初めは(普段、OSHO瞑想は時々していますが)
ずっと座り続ける瞑想は、自分には早いかな?難しいかな?と不安もありましたが、
思ったより瞑想に入れて1時間くらい座っていられたので、まずホッとしました。
そして2日目、3日目とたち、途中すごく瞑想中に眠たくなったりして全然集中できない時があったのですが、
ただマインドが邪魔(抵抗)しているのかも…”と思ったら、次第に〝ただ座る”ということが、だんだんできるようになってきました。
そして5日目・・・・ダイナミックでは何かがパッーと出てくるというよりは、とても静かな感覚で、
でも4日目の夜に自分の中で感じた (日々の生活の中で苦しく思ったことの)問いの答えがふっとやってくる感じで、
何か常日頃ずっと抱えていたもやもやの答えがやってくる感じでした。
その余韻のまま、ヴィパサナに入ると、周りの音、外の景色の音、 いろいろなものが自分と溶け合っていくようでとても心地良く満たされた至福の気持に少々なりました。
そしてヴィパサナが終わっても自分の中の沈黙(サイレンス)がとどまり(起こり)、それは今まで瞑想していて味わったことのない感覚だったので、とてもびっくり嬉しく思いました。
5日間あっという間で、ほんとにチャレンジしてみて良かったと思います。
5日間サイレンスになったことで、見えてくるものがあるということを初めて知りました。
OSHOのビデオ講話もGoodでした。ありがとうございました。

☆Eさん
「なんか楽しそう・・・」という軽いノリ(?)で参加させて頂いたのが功を奏したのか、
自分の中で起こる小さな(?私にとって大きな)変化に驚き、泣き、笑い・・・
今まで経験したことも、しようと思ったことすらない5日間でした。
「あと2日あれば、もっと何かが起こる?」と思わなくもなかったのですが、
たぶん欲を出すと、良いことは起こらない。
今回はサイレンスの余韻に浸ったまま家路につきます。
今回の出会いと気づきに感謝!


☆Dさん
ごはんが毎回美味しかった。素敵な場を提供くださりありがとう。
とても良い環境の中で、静かに瞑想できました。
初めて4泊5日でヴィパサナ瞑想を行いました。
OSHOのリードで瞑想するのはとても良かった。
「動」の後の「静」はダイナミックで。
こんなにも肉体にパワーがあるなんてと感動しました。
電気のようなエネルギーが私自身を包んでくれていて、
この中に居れば、本当の安らぎと安全と共にあれるだろうと知りました。
マインドや体のコリや疲れクセがよく分かり、ためになりました。
サイレンスがとても良かった。
周囲へ気を配らなくて良いというのは、本当に快適で、
サイレンス Time と瞑想は人生の中で欠かせないものだと分かりました。

  寒椿  2020年2月撮影

☆Cさん
自分の本質の中心は、とても静かで心から安らげるところだと思い出すことができた。
人間関係や社会のしがらみや欲に流されて本質からずれたところで生きているのをもうやめると心から決意した。
ここで毎日心がどんどん静かになっていくと、心のなかの不要なものガラクタが無意識から排出されていった。
それは苦しい夢を毎晩みるということで浄化していった。
本来の生き方から外れていたことにより、心がこんなに汚れていたんだと、そしてカラダが軽くなっていくようだった。
そして自分が何故生まれてきたのかを実感でき、とても心身が安定しているのを感じている。
自分をよく見せようとか、自分が良い想いをして生きたいといった自己利益優先の生き方がとてもくだらなく思え、自分本来の姿から外れた苦しい生き方を自ら選択していたと気付いた。
自分は周りのすべての存在を苦しみから助け、生き生きと明るく生きていけるように自らを生かしたいと心の奥底では強く願っていた。
それに気付き、とても気持ちが明るく楽しくなり、ものすごいパワーが中心からわいてくるのを感じた。

☆Bさん
ダイナミック瞑想、クンダリーニ瞑想は初めて体験しましたが、
落ち着きのない私にはピッタリの瞑想でした。
静かな座禅瞑想をしていると、お尻が痛くなるし、雑念が浮かびまくりでしたが、
静と動の瞑想が組み合わされたら、OKだとわかりました。
これまで自宅で瞑想をやってみても三日坊主でしたが、
ここで少人数でどっぷりやれて、これからの自信となりました。
ありがとうございました。

☆Aさん
日常から離れての4日間は、私にとって今とても必要な時間でした。
瞑想だけの日々、本当にありがたく、感謝しかありません。
自分の中のとても深い闇に、ここのところ出会いました。
そこを土台に生きてきた。(みじめさ痛み怒り、いい人ぶりetc)
私の人生は痛みばかりですし、他者にも痛みしかあげられない。
なんて不幸な事かと感じます。
でもそれ以外の生き方など知るよしもなく、瞑想以外にないと
上にも祈る気持ちで参加しました。
少人数のリトリート、私にとって、深く自分を知るチャンスになりました。
ありがとうございました。

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瞑想・芸術・癒し 空間
石裂山(ozakusan)瞑想の家
https://ozakusan.com